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2007.02.14 遠くにいってしまうけれど
memories
ばあちゃんが、骨になった。

先日、祖母を亡くしました。
どこも悪いところなんてなくて、すっごく元気だったのに。
急なことで、みんなびっくりして、
何が何だかわからないまま、お通夜とお葬式を済ませました。
その後も、片付けや手続きに私の両親は追われて、
私は手伝ったり、家のことをしていて、
あっという間に2週間近く経ってしまっています。

なんて、あっけないのだろう。
いつもどおり、畑仕事をして、
2月には旅行に行くのを楽しみにしてて
美味しいお餅をつこうとしていた。
たぶん、こんなに早く自分が死ぬなんて思いもしなかったと思う。

昨日まで、動いていたものが、動かなくなる。
そこに確かに存在していたのに、今はもうここに存在していない。
これは、一体どういうことなのか。
きれいな、まっしろい骨になったばーちゃんを見て、そう思った。
あんなにふくよかで大きかったのに、小さくなってしまって。

人間の実体って何なのだろう、って思う。
だって、おかしいじゃない。
肉体が動かなくなったからって、その人は存在していないだなんて。
体は魂の入れ物、っていうのなんかわかるような気がする。
でも、目に見える存在って、やっぱりでかいのだ。

遺影には、去年の秋、妹が偶然撮っていたものが使われた。
トイカメラで撮ったわりに、奇跡的な写りで、いい顔してて。
ビジュアルが、こんなに心に訴えてくるものだとは、
こんなに強く強く実感したのは初めてだったかもしれない。
写真を見てたら、死んだなんて、とても思えなかった。
お葬式の最中だっていうのに。
今家に帰ったら、普通にいるんじゃないかって思えるくらい。
こんなことになるなんて。
何で、私はばーちゃんを撮らなかったのだろう。
今まで一体何をしていたのか。
「写真が趣味」だなんて言えないよ、私。

ばーちゃんは、なかなか難しい人だったけど、
私は、たくさんのことをしてもらってた。
中でもすごいのは、女手ひとつで私の父を育ててくれたこと。
小さいころは、ずいぶんつらく当たってたみたいだけど、
お父さんのお母さんは、やっぱりばーちゃんしかいないんだ、
って当たり前のことを、挨拶する父を見て思った。
お父さんは、私たちに手をあげたことは一度もないよ。
ちょっとすっとぼけてるけど、人望のある、立派なお父さんです。
ばーちゃんのおかげだ。

小学生のころよく食べたばーちゃんのゼリー、もう一回食べたかったな。
あまーくて、つめたくて、フルーツがたくさん入ってる。
ばーちゃんが丹精こめて作ってくれた野菜を食べることももうない。
私は、何かをしてあげられたのだろうか。
ばーちゃんの人生ってどんなものだったのだろうか。

今回のことで、いちばんありがたかったのは、身内の存在。
みんな、それぞれ悲しんで、心強かった。
一生懸命動いていた両親はもちろんだけど、
親戚のちょっと強引な温かさにもほっとさせられた。
遠くに嫁いだいとこの顔を見たときには、
張り詰めていたものがゆるんで涙が出た。
そして、一番は、同じレベルでこの出来事を経験した妹。
本当に居てくれて良かったと思った。

まだ、書いてることの整理はつかないけど、
徐々に、自分の生活リズムに戻っていくのだろう。
周りの人を、大事にしようと思う。ばーちゃんの分まで。
絶対に、忘れない。
ばーちゃん、ありがとうよ。
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